ログインファイルに記された名前を見つめたまま、美咲はしばらく動けなかった。
古びた紙の上には、三人の名前が並んでいる。 相沢直人。 榊原修一。 そして、その下に書かれていた名前。「……この人」 美咲が小さく呟くと、隣にいた蓮が紙面を覗き込んだ。 その瞬間、蓮の表情が変わった。「知ってるの?」「……ああ」 返事までに、わずかな間があった。 蓮はその名前から目を離さない。「神崎グループの人間だった」「神崎グループ?」 美咲は思わず聞き返した。「午前六時十二分……」 美咲は、資料に記された時刻を指でなぞった。 事件が起きたのは、五年前の六月十八日。 そして、見吉圭が黒崎グループに入館したのは、その翌朝。 六月十九日、午前六時十二分。 「契約終了日は六月十九日になっています」 美咲が言う。 「つまり、契約が切れる当日に、わざわざ会社へ来たってことか」 高瀬が腕を組んだ。 「はい」 「しかも、こんな早朝に」 二人は顔を見合わせた。 普通の出勤時間ではない。 まして、契約終了を控えた社員が、朝の六時過ぎに会社へ来る理由など簡単には思いつかなかった。 「入館した場所は?」 高瀬が尋ねる。 美咲は記録を確認した。 「社員用入口じゃありません」 「どこだ?」 「地下搬入口です」 高瀬の表情が険しくなった。 「……18番か?」 「そこまでは記録にありません」 美咲は首を振った。 「ただ、地下フロアへの入館記録になっています」
「……見吉圭」 美咲は、古い契約記録に残された名前を見つめていた。 何度読み返しても、名前は変わらない。 見吉圭。 五年前、黒崎グループのシステム保守を担当していた契約社員。 そして、事件の直後に契約を打ち切られた人物。 「これで、名前は確認できたな」 隣で高瀬が低く呟いた。 「はい。でも……」 美咲は、資料から顔を上げる。 「見吉さんが真犯人だとは、まだ言えませんよね」 「その通りだ」 高瀬は即答した。 「事件当時、見吉がどこにいたのか。黒崎と接触したのか。殺害に関わったのか。そこまでは、この記録だけじゃ分からない」 「それに……」 美咲は、野村の証言を思い出した。 事件翌朝。 地下搬入口。 帽子を深くかぶった人物。 そして、その人物が拾った紙片。 そこに書かれていた数字──。 「72」 「高瀬さん」 「なんだ?」 「野村さんが見た人物について、もう一度確認したいです」
野村から届いたメールを、美咲は何度も読み返した。 ──見吉圭は、事件の翌朝、地下にいた人物です。 そこまでは分かっている。 問題は、その次の一文だった。 ──ですが、私が見たのは彼だけではありません。 「もう一人……」 美咲は小さく呟いた。 高瀬にもメールを転送する。 数分後、電話が鳴った。 『読んだ』 「はい」 『野村に確認しよう』 「私もそう思います」 二人は野村と会うことにした。 待ち合わせ場所は、前回と同じ喫茶店だった。 野村は美咲たちが席に着くと、しばらく黙っていた。 「メールのことですね」 「はい」 美咲は手帳を開いた。 「見吉圭さん以外に、もう一人いたというのは?」 野村はすぐには答えなかった。 やがて、静かに口を開く。 「事件の翌朝、私は黒崎グループの地下搬入口近くにいました」 「どうしてですか?」 「神崎グループからの出向者として、前日の
翌朝。 美咲は、ほとんど眠れなかった。 頭の中を、あの五文字が何度も巡っている。 ──ミヨシケイ。 数字だったものが、名前になった。 けれど、まだ漢字が分からない。 美咲は出勤すると、すぐに高瀬へ連絡を入れた。 「昨日の数字、調べました」 『ああ』 「ポケベル暗号で読むと、ミヨシケイになります」 『それで?』 「漢字を特定したいんです」 『野村に聞くか?』 「はい。でも、その前に一つ確認したいことがあります」 美咲は昨日の資料を机の上に並べた。 黒崎グループ側の契約記録。 神崎グループ側の契約記録。 そして、地下管理室の入退室記録。 共通しているのは、ひとつの契約。 システム保守。 そして、契約担当者の名前だけが不自然に消されている。 「名前が消されたなら、別の場所に残っている可能性があります」 『社員名簿か?』 「それだけじゃありません」 美咲は答えた
美咲は、机の上に五つの数字を書き並べた。 72・83・32・24・12 何度見ても、意味が分からない。 高瀬も腕を組んだまま、その数字を見つめている。 「文字として読め、か……」 「はい」 相沢が残した言葉。 これまでの数字とは明らかに違っていた。 18・32・07・11・4。 こちらは場所や資料を探すための手がかりだった。 だが、 72・83・32・24・12。 これは違う。 五つの数字そのものが、何かを表している。 「数字を文字にする方法……」 美咲はスマートフォンを手に取った。 検索する。 数字を文字に変換する方法。 暗号。 数字表。 いくつもの情報が表示される。 しかし、どれもしっくりこない。 「違う……」 「何が?」 「この数字は、普通の暗号じゃない気がします」 美咲は画面を閉じた。
神崎グループの旧資料室は、黒崎グループのものよりも狭かった。 棚の数も少ない。 けれど、美咲は入口に立った瞬間から、妙な違和感を覚えていた。 「……ここ、本当に使われていないんですか?」 高瀬が周囲を見る。 「五年前に本社機能が移転してからは、ほとんど使われていないはずだ」 埃の積もった棚。 古いファイル。 誰も触れていないように見える。 だが──。 美咲は一番手前の棚に目を止めた。 「これ」 棚の端に、小さな数字が貼られている。 24 高瀬が眉を寄せる。 「またか」 「はい」 美咲は慎重に近づいた。 24番の棚には、古い内部調査資料が並んでいる。 その中から一冊を取り出す。 表紙には、 黒崎グループ関連調査 と書かれていた。 「相沢さんの資料かもしれません」 ページを開く。 取引先。







